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2007-10-15

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承前

JSF氏との以下の一連の議論について。

「笠井潔『国家民営化論』一億総ゲリラ戦理論の大穴」-週刊オブイェクト

軍隊の余裕と、軍隊の文民統制-furukatsuの軍事

軍隊の在るべき姿と現実の選択-週刊オブイェクト

ゲリラ戦について

まず、JSF氏はゲバラの議論からゲリラ戦における問題を指摘しているがこれについて考えたい。

私もゲリラ戦そのものを否定する気はありません。ただ、ゲリラ戦大家チェ・ゲバラ著の「ゲリラ戦争」に置いて、

地元住民の積極的な支持と献身的協力

・逃亡、休養、訓練、再編成などを安全に行う後背地(聖域)

・兵器や物資の安定供給を約束してくれる支援国家

これら三要素がゲリラ戦には必須であり、そしてゲリラ戦だけでは最終的勝利は得られず、最後には正規戦争に発展させる必要があると問いています。「勝利は常に正規軍によってのみ達成され得る」、ゲバラはそう言っているのです。

http://obiekt.seesaa.net/article/60383840.html

確かに、日本の作戦環境においてゲリラ戦のみで後背地を用意したり、支援国家との安全な連絡線を確保することは困難であるし、また、純粋ゲリラ戦では最終的に決定的な勝利を獲得するための戦闘が不可能であることは指摘の通りである。

しかしながら、それはゲリラ戦の考え方そのものを否定するものではないだろう。ゲバラが言ったのは、政府軍や植民地本国軍、あるいは発展途上国に対する先進国軍を相手にする場合において、ゲリラ戦を展開する上でいかにすべきかという部分であって、その背景を捨象しての議論はできない。

確かに現状の日本の作戦環境下で自衛隊を解散し民兵組織によるゲリラ戦を展開するのは無理無茶無謀である。しかしながら、例えば退職した自衛官消防団のような組織を中心としてゲリラ的な戦闘を展開しうるような組織を作ることは十分に考えられうるし議論の余地のある考えになるだろう。また、いわゆる正規軍にあっても従来の近代型の官僚組織による軍隊ではなく、分散したゲリラ的な統帥法というのも十分に検討しうるであろう。

RMA*1についての議論から考えても、官僚組織型のトップダウンによる統制は電信、電話による指揮に適合的なのであって*2、現代のコンピュータデジタルネットワークにおいてはむしろゲリラ的な統帥法が適合的な場合も考えられるのである*3

その意味で、JSF氏の議論が一面的過ぎ、そういった考慮の余地を奪っていっているのではないかと私は異論を唱えたわけである。

マス・アーミーかプロフェッショナル・アーミーか

まず、確かに多くの先進国徴兵制をやめる、ないし縮小していることは指摘の通りである。しかし、それを以って否定する理由の補強とはなっても、洗練されたプロフェッショナル・アーミーが薄弱であるという指摘に対する反論とはならないだろう。プロフェッショナル・アーミーが数の厚みを超えてなお薄弱でないという議論を示してほしい。

さて、その上で多くの先進国徴兵制をやめている理由について考えたい。まず、西ヨーロッパ諸国については冷戦終結後という部分があるだろう。いわゆるヨーロッパ冷戦終結によって平和の配当というものを受けた。これらによって軍事費の大幅圧縮、兵員の圧縮を可能とし、結果的に徴兵制を実施する理由の大きな部分を無くしたわけである。これはJSF氏も以下の通り指摘している。

軍縮についてだが、ドイツは東西冷戦の終結により自国が最前線である悲劇から解放された。東欧諸国のNATO加盟により最前線ポーランドバルト三国ロシア国境まで伸びたわけだ。つまり東西ドイツ国境から700km近く東に移動した事になる。そしてこれはドイツが700kmの戦略的縦深陣地を確保したという事に等しい。NATOの盾であったドイツは、ようやく自らの盾を手に入れた。彼らには平和の配当を受け取る権利がある。

対外派兵に付いては、EU(ヨーロッパ連合)の盟主として責任を果す必要があるからだろう。それは国際的地位、発言権の向上と共にイギリスフランスとの結び付きが強くなる効果がある。ドイツ原子力発電所を廃止したが、それはフランス原発から電気を買えるから問題が無い。石油イギリス北海油田から買えば良い。核兵器に対抗するには、フランスイギリスに頼れば良い。代償としてドイツEU経済力で支えてやらねばならない。

そしてドイツは積極的に派兵へと乗り出すことにした。EUの、ドイツの、既得権益を守る為に」

http://obiekt.hp.infoseek.co.jp/peacemaker/draft_2.html

しかし極東ではどうか。これについては冷戦終結による平和の配当は未だ受け取られていないだろう。むしろ地域大国となった中国膨張主義的な政策や窮地へと追い込まれつつある北朝鮮の核開発、SCOというあらたな軍事同盟の締結、ヨーロッパ正面に兵力を張り付けずに済むようになったロシアとかえって冷戦期よりも状況は混迷している。

であるからこそ、韓国徴兵をやめられないだろうし、わが国は日米同盟の強化に余念がないわけである。その意味ではドイツでの議論をそのまま適用するには無理があるだろう。我々は平和の配当を受け取っていないのだ。

また、JSF氏は大量破壊兵器ハイテク兵器の存在によって徴兵制が必要なくなった*4と論じているがこれについても議論の余地があるだろう。

まず、大量破壊兵器であるが、冷戦終結によって核兵器の投げ合いという事態は当面去ったように考えられる。中国にせよロシアにせよ、自らの生存が脅かされれば核兵器を用いることは十分に考えられるが、少なくとも日本中国ロシアに侵攻をし彼らの生存を窮地に追い込むなどということはまず考えられない。考えられるのは北朝鮮核兵器であるが、これについては数が少ない上に状況も不明であるので考慮の外に置く。

その上で日本に対する脅威という意味で考えると、彼らにとっての中規模な戦争が我々にとっての全面戦争となる可能性は十分にある。例えば、5コMD程度の着上陸を考えた場合*5、これは中国ロシア、ないし将来の統一朝鮮にとって決して国の全精力をかけた戦いとはならない。我々にとっては5コMDもの数だが、彼らにとってはたった5コMDとなることは十分に考えられる。つまり、我々にとっての全面戦争というのは十分に想像の範疇にある。我々の関わる戦争がすべて島嶼や一部地域のみを狙った限定戦争であれば何と楽なことかと思うが、そんなに世の中は甘くないだろう。

ではハイテク兵器についてはどうか。これについては確かにハイテク兵器の運用について徴兵ではやや困難があるという部分は否定しない。しかしながら考えてみれば分かるが現在陸上自衛隊任期制隊員は2年任期であり、概ね2任期勤めることから、4年の期間しか自衛隊に勤務していない。にもかかわらず、彼らは高度なミサイルの操作についてそれなりに習熟しているし、複雑な後方支援業務をそれなりにこなしている。これは日本教育の程度が全体的に高く、文盲が存在せず*6、熟練にあまり時間を要しないという部分があるからだろう。複雑怪奇携帯電話を使いこなしテレビゲームに慣れ親しんだ若い隊員にとってミサイルの操作は決して困難な事業ではない。

さらに言えば、陸上戦では今だにハイテク化という意味ではそれが及ばない範疇が多い。確かに、誘導弾の発達は目覚ましいし、高度な情報システムも整備されつつある。しかしながら、どんなに精巧な誘導砲弾であってもタコツボに入ればやり過ごせるし、米軍といえど空からは森林にバラキュー張って隠した戦車を見つけられない*7。陸上戦はそれが陸上で展開されるためにローテクが今だに効果を持っているという点を無視することは出来ないだろう。

確かに、少数精鋭化というのは一定理にかなった部分もあるのだが、しかしそれは全てではないし、それによって防衛力が薄弱になるのは問題である。昨今の削減と軽くて速くて弱い戦力への陸上部隊の転換は本格的な着上陸に対して容赦なく粉砕される危険性を孕んでいることを多くの人は忘却のかなたへ追いやっている。まかり間違ってロシア中国新潟正面に着上陸をした場合、旅団化され空中機動能力付与のために重い兵器を失った12Bはあっけなく粉砕されるかもしれない。5Bになってしまった道東においても同様である。

確かに予算厳しい折であるし、軽くて速くて弱くて安い戦力に転換するのはやむを得ないかもしれない。しかしながら、それが軍事学上の当然の帰結と判断するのはいささか一面的に過ぎるだろう。空中機動部隊は機甲部隊と殴り合うには向いていないし、特殊部隊ではゲリコマ相手に逃げられてしまう。このように様々に考慮をすれば軽くて早い部隊という今の流行を追う危険性を認識できるだろう。

文民統制徴兵制

確かに、主体的文民統制の文脈での考えは今時そんなの心配ないという考えも出来るだろうが、我々はつい60年ほど前まで軍部による独裁の状況下*8にあったことを忘れてはならない。不幸にも日本人の多くは軍事に対して無知であり、軍をコントロールするということに対して比較的無頓着である。文民統制伝統も軍の客観性伝統も無い*9最近でも、いわゆる佐藤発言が行われた際に大きな声が起こることはなかった。ここからは、文民の命令*10というものが内面化されていないことが読み取れる。これはノードリンガーの指摘する「自由主義モデル」が成立していないという風に評価されるだろう。このような状況で到底安心は出来ないし、その意味では文民統制の基礎の一つとなる市民軍の問題について考える必要性はあるだろう。

ここで、市民軍と文民統制関係について考えると、軍の団体性が問題になるだろう。ハンチントンが軍のプロフェッショナル化による客体的文民統制を評価したのに対して、パールマターはこれがプリートリアニズムに陥り団体性のために政治介入に至るということを論じた。パールマターは一つの理想として団体性を持たない革命的兵士という概念を提唱したが、これは社会から隔絶された団体性とは正反対に社会と共にある軍人という形態を示したものであり、その意味重要な示唆であると考える。

さて、話はやや変わるが近代国家の成立というのはどのような契機とともにあったかを考えてみたい。日本を含めて多くの近代国家の基本をなしている理論は何かといえば、それは社会契約説である。もちろん、現代の政治思想では「実際に存在しない」社会契約についての批判はあるものの、とりあえずは多くの人に受け入れられ、憲法上もその理念が強く出ている社会契約説を基礎と考えるのは大きく外れてはいないと考える。

社会契約というのは強制力(暴力)を共同体政府に対して預けるところから始まっている。ホッブズロックルソー、それぞれやや考えは違うが、人々が契約を結び強制力を預けているという点では基本的には同様である。

その意味では市民軍というのは当然の帰結である。つまり、人々がその実力を預ける端的な方法は一人一人が兵員となり強制力を担保するという方法であるという意味である。市民軍というのはそれが現実的に可能か、ないし効率的かという以前の問題として、近代国家がその構成員の実力の集合体であり、暴力の合法的な独占を要求する集団*11であるために当然の帰結なのである。この部分を無視してのプロフェッショナル・アーミーかマス・アーミーかという議論は片手落ちではないかと私は考える。今の日本徴兵制ではないが、我々は税金自衛隊を養い、その力の行使について選挙を通じてコントロールをかけている。この事実は注目に値するし、そうであるが故に我々はプロフェッショナル・アーミーを選択するにしても、その背景にある単純な現状追認以上の主権者としての積極的な決心を認識しなければならないだろう。私はこの自らの責任認識することが文民統制の一歩であると考えるし、その考えは市民軍を基礎としなければ出てこないものであると考えるのである。

終りに

純粋軍事的には徴兵制は望ましい。なぜならば、社会の中でより大きいリソースを軍事に裂くことが出来るからである。同等の力の徴兵制を敷く国家と志願制の軍隊を持つ国家が対峙し戦争をした場合、恐らく徴兵制の軍を持つ国家が勝利するだろう。しかしながら、現状を鑑みれば徴兵制は実質的に不可能である。

結局、それは社会的、経済的な事情である。つまり、徴兵制を行うことは労働者*12を数年に渡って拘束するし、また防衛力という観点から見た場合、絶対的には強いが、単位兵力当たりの戦闘力でプロフェッショナル・アーミーに劣る以上、非効率のそしりは免れえない。

しかしながら、市民軍の理念は近代国家にとって非常に重要な価値を持つし、市民軍やゲリラ戦思想は軍事的にもこれからの将来にわたって大きな影響を与えることだろう。

なお、私はこれから数十年に渡って徴兵制現実性が無いと考えるが、数百年後は神ならざる身にとって予想出来る話ではない。約200年前のヨーロッパではプロフェッショナル・アーミーが破れマス・アーミーの時代が到来したのだから。

*1:単なるC4ISRの延長線上としての敵味方のことが良くわかって、弾がよくあたるという話以上のそれ

*2:であるからこそ、電信と鉄道を取り入れこれに適合した訓令式統帥法を考えたモルトケは偉大なのである

*3RMAスレがなつかしですね、はい。

*4http://obiekt.hp.infoseek.co.jp/peacemaker/draft_3.html

*5:YS37の想定のような

*6:昔の自衛隊はけっこう居たらしいが…

*7:コソヴォでの事例を見よ。

*8統帥権独立は文民統制の対極に位置するだろう。

*9:翻ってみれば、市民軍を考えることは伝統を作り上げる行為と言い換えられるかもしれない。

*10法律を含む

*11ウェーバー先生

*12:それが学生であっても就業年数が短くなるという意味では同等である。

整備兵整備兵 2007/10/16 01:22 >分散したゲリラ式の統帥法
 これの具体案が出てこない限り、結局ゲリラ戦は「最後には正規軍の重戦力」を待たないといけない、という事実に変わりは生じないと思われ。
 「デジタルネットワークによる組織」は、それを可能にする通信インフラが生きている、という前提が必要なので、一般化は難しいでしょう。近いものとしてはアルカイダやイラクにおける外国人武装勢力のような「ゆるやかなネットワーク」があるものの、それが結局「国家という権力構造」を作りえず、また支え得ないことはお分かりかと。

>軽くて速くて弱い陸上戦力
 職業軍だからといって、必ずしもこの方向しかないとは限らない。米地上軍のように「職業軍による十分重い戦力」もありうるので、この見方もまた一面的では?

>軍のコントロール
 政治が軍をコントロールする必要と、その意識が日本人の間に希薄なのは同意。しかしモルトケと訓令式統帥を持ち上げる以上、その当然な帰結である「命令にない事項でも、指揮官(または政治家)の意図を体して実施」することを認めなければならないことは理解していますか?

無名無名 2007/10/16 10:09 明らかにイスラムゲリラの多くは土着性に依存した「伝令」によるネットワークでしょう。
だからこそ、通信妨害に強いわけですし。

まともな国では(軍事予算が会計を圧迫しないことが前提の。)「重い軍隊」を常備するのは厳しいかと・・・。
経済的に革命的な理論があれば別でしょうが。

整備兵整備兵 2007/10/17 00:26 >土着性に依存したネットワーク
 だから、現在のイラクのように小規模勢力の内輪もめに終始するわけです。そんな勢力が「国家という権力構造」に至りようがないことはお分かりでしょう。

>まともな国
 「まともな国」の定義とはどんなものでしょうか。米国は「まともな国」じゃないんですね。

無名無名 2007/10/17 14:19 どの段階で軍事費が財政を圧迫しているかというのは、難しいでしょうが米国は明らかに財政を通り越し社会を圧迫していると思われます。(本来土着性の強い州軍を動員しすぎでしょう。 日本も在郷軍人で類似した道を歩きましたが。)
米国がまともかどうかは別として「特殊な」国であることはご理解いただけるかと。
先進国であるにもかかわらず、人口が増大しつづけ、かつ受け入れるだけの国土を保有している。(移民を何だかんだ言いながら受け入れられるということを含みます。)

ちなみに、多くの「革命」は土着性に依存しているかと?。
概ね、革命の「同志」は郷土が同じもしくは近隣が多数かと思います。

furukatsufurukatsu 2007/10/18 17:40 >整備兵さん
統帥の問題については、確かに、ご指摘の部分は理解しています。
ただ、可能性として従来型の統帥法ではない方法論が可能になりつつあるし、またそれを検討しなければならない段階にあるというのは言えるかと思います。今、鋭意論文を書いてますので、そのうちまとめようと思っています。
軽くて早い問題は、確かにアメリカは重戦力を保有していますが、それでも厚みという部分では可能最大限の効率化を図っているという部分は否定できないかと思います。私の言い方がその意味では一面的過ぎた感がありますが、プロフェッショナル・アーミーの方が効率的な反面薄いというのは恐らく一般的事実と認められると思います。
訓令式統帥法については、あくまでそれが鉄道と電信の時代において適合的な統帥法であったという点に注目しているのであって、それがシビリアン・コントロールに問題無いとは全く考えていません。その点はパールマターの考えに近いような形で理解しています。

整備兵整備兵 2007/10/19 00:06 >財政を通り越し社会を圧迫
 これは、軍事費云々よりも「現在進行形で戦争を行っている」ためかと。
 冷戦期にはもっと重い編成をとっていましたよね。「特別な国」なのは確かですが。
 つまり、軍制は各国それぞれの国内的・国際的要因により様々なので、安易な一般化には注意が必要だ、ということです。下でfurukatsu氏も認めている通りです。

>土着性に依存した革命
 コアグループが「地縁・血縁」でまとまるのは、グループ自体の団結を強めるのには役に立ちますが、全国区に影響を及ぼすためにはそのグループが力でのし上がっていくか、何らかの普遍的価値に訴えて地縁に縛られない同志を募る必要があります。さもなければ、ヴァンデー反乱のように「一地方の反乱」で終わるか、今のイラクのように土着勢力や外来勢力の群雄割拠になってしまうでしょう。

>訓令式統帥と文民統制
 furukatsu氏は、上級司令部への不服従の可能性が残ることから、隷下部隊の自主裁量の余地を制限したいとしているわけですね?したがって「問題ないとは考えていない」と、比較的ネガティブな表現になのでしょう。私はむしろ、将来の統帥方は、訓令式統帥がさらに深化した形に変貌を遂げると考えていますが、その辺りは論文を期待させていただきます。

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